横浜地方裁判所 昭和43年(ワ)1708号 判決 1970年5月28日
原告
藤森高輝
ほか二名
被告
小杉昭一
主文
被告は、原告藤森高輝に対して金七万八百七拾八円及び内金五万弐千五百円に対する昭和四拾弐年九月参拾日以降、残金壱万八千参百七拾八円に対する昭和四拾参年拾月弐拾参日以降各完済まで年五分の金員の支払を、原告藤森光に対して金壱万九百五拾円及びこれに対する昭和四拾参年拾月弐拾参日以降完済まで同率の金員の支払を、原告藤森幸子に対して金九千弐百弐拾五円及びこれに対する同年月日以降完済まで同率の金員の支払をせよ。
原告等の各請求中その余を棄却する。
訴訟費用はこれを拾分し、その壱を被告の負担とし、その余を原告等の負担とする。
この判決は、第一、三項に限り、仮りに執行することができる。
事実
原告等訴訟代理人は、「被告は、原告藤森高輝に対して金七九四、二六一円及び内金六〇〇、〇〇〇円に対する昭和四二年九月三〇日以降、残金一九四、二六一円に対する昭和四三年一〇月二三日以降各完済まで、原告藤森光に対して金二三九、〇〇〇円及び内金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四二年九月三〇日以降、残金八九、〇〇〇円に対する昭和四三年一〇月二三日以降各完済まで、被告藤森幸子に対して金二五五、五〇〇円及び内金一五〇、〇〇〇円に対する昭和四二年九月三〇日以降、残金一〇五、五〇〇円に対する昭和四三年一〇月二三日以降各完済まで、それぞれ年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
一、交通事故の発生
昭和四二年九月二九日午前八時四五分頃、横浜市神奈川区西寺尾町七七一番地先路上において、被告所有にかかる普通貨物自動車「横四・ね・八七-一〇」(訴外渡辺治運転)が同道路を内路交差点方面から馬場町方面へ向けて進行中、同道路を横断中の原告藤森高輝(昭和三七年一月三日生)に衝突し、よつて同人は入院五五日、加療約三ケ月を要する左上腕骨骨折・両膝打撲等の傷害を負うに至つた。
二、被告の賠償責任
被告は加害車両の所有者として、自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者であるから、本件事故による原告等の後記損害を賠償する義務がある。
三、損害の発生
原告等は、本件事故により次のとおりの損害を蒙つた。
(一)原告高輝の損害 金六八六、二六一円
原告高輝は本件事故により、既に被告が支払つた入院費等合計金一〇九、三〇二円を除き、次の損害を蒙つた。
(1)理学療法費 (金四、九一一円)
原告高輝は、本件事故による身体的障害除去のため、昭和四二年一一月二四日から同年一二月二一日までの間合計二四回にわたり恩賜財団済生会神奈川県病院において理学療法の処置を受け、同病院に対し支払つた同費用合計金四、九一一円相当の損害。
(2)入退院の通院タクシー代(金四六、四四〇円)
原告高輝は右病院の入退院の際(各金八六〇円)および通院の際膝を負傷して歩行が困難であるため、タクシーを利用し(一回平均金一、八三〇円)、合計金四六、四四〇円相当の損害。
(3)薬ガーゼ代、栄養費(金二九、四一〇円)
原告高輝は入院中、薬代、ガーゼ代合計金一、九一〇円を要したほか栄養費(一日五〇〇円)合計金二七、五〇〇円を要した。同人は幼児であるため身体的苦痛、環境の変化等により病院食を受けつけずそのままでは体力の消耗を来すことが明らかであつたため、医師の勧めに従い、同人の好む寿司、焼肉、果実ジユース、ケーキ等を買い求めたもので、これに要した費用も本件事故と相当な因果関係にある損害である。
(4)おもちや、絵本代等(金五、五〇〇円)
原告高輝は幼児であるため、傷害による身体的苦痛と長期間の入院生活の苦痛を紛らわすために、おもちや、絵本、画用紙、クレヨン、色紙等を買い求め、このために蒙つた損害は一日につき一〇〇円合計金五、五〇〇円に相当し、これも、同人が幼児であるために支出を余儀なくされたもので、本件事故と相当な因果関係にある損害である。
(5)慰藉料 (金六〇〇、〇〇〇円)
原告高輝は幼稚園へ登園のため横断者用の黄色旗をもち本件道路を横断中、道路中心線にまたがつて走行して来た被告所有の加害車両にひかれ、前記傷害を負つたもので、当時五才の幼児である原告高輝にとつて車の追つてくる恐怖、上腕骨複雑骨折および両膝打撲による肉体的苦痛、長期間の入院生活と通院生活による苦痛、そして遊びざかりの年頃の同人にとつて長期間友達と自由にとびまわれなかつたこと等による精神的苦痛は著しく、この苦痛を金銭に見積れば、金六〇〇、〇〇〇円を下ることはない。
(二)原告光の損害 金二〇七、〇〇〇円
(1)原告の妹の託児料 (金五七、〇〇〇円)
原告光は、妻(原告幸子)、長男(原告高輝)および長女(訴外由理子-昭和四〇年五月六日生)の四人家族であるところ、本件事故により高輝が入院し、妻がその付添として病院に泊り込んだため、右由理子の世話をみる者がいないので、止むなく、昭和四二年九月三〇日から同年一一月二五日まで、同人を同人の叔父白岩弘明宅に預け、同白岩に対し、託児に要する物質的負担の一部に充てるべく、託児料として一日一、〇〇〇円合計金五七、〇〇〇円の金員を右由理子引取の際支払つた。これも本件事故と相当な因果関係にある損害である(加害者側において負担するのが相当である)。
(2)原告光の慰藉料 (金一五〇、〇〇〇円)
本件事故により、幼児である長男高輝が前記の重傷を負つたことにより原告光は父として堪え難い精神的苦痛を蒙つた。この損害を金銭に評価すれば、一五〇、〇〇〇円を下らない。
(三)原告幸子の損害 金二二一、五〇〇円
(1)付添婦相当額 (金七一、五〇〇円)
原告幸子は、原告高輝の母であるが、高輝が五才の幼児であるため、同人の入院中病院に泊り込みで看護に当つた。このために蒙つた損害は通常、派出看護婦に支払う額に相当するものというべく、同額は一日金一、三〇〇円、合計金七一、五〇〇円である。なお、幼児の場合母親が看護に当ることは病院でも要請したものである。
(2)原告幸子の慰藉料 (金一五〇、〇〇〇円)
最愛の我子が交通事故により重傷を負つたことは、若い母親である幸子にとつて、筆舌に尽し難い精神的衝撃で、この損害を金銭に評価すれば金一五〇、〇〇〇円を下ることはない。父親の場合同様、幼児が重傷を負つたことによる母親の精神的苦痛は被害者である幼児本人の精神的苦痛とは別個に、本件事故と相当な因果関係にある損害として慰藉するべきものである。
(四)弁護士費用(原告等三名の損害)
被告は、右損害を任意に支払わないので、原告等は止むを得ず東京弁護士会所属弁護士松石献治に本訴請求に関する一切の件を委任し、手数料および報酬は東京弁護士会報酬規程の最低額とし、原告等の請求を一括して、総額一、一一四、七六一円に対する最低率は、手数料および報酬とも各八分であるから原告高輝は各金五四、〇〇〇円、同光は各金一六、〇〇〇円、同幸子は各金一七、〇〇〇円、以上手数料および報酬合計一七四、〇〇〇円となる(いずれも一、〇〇〇円未満切捨)が、このうち原告高輝手数料内金金一〇、〇〇〇円を本件委任と同時に右弁護士へ支払い、残金は報酬と共に判決言渡の日に支払うこととし、原告等は前記債務(原告高輝のみ手数料残額金四四、〇〇〇円となる)を負うに至つた。右弁護士費用も本件事故と相当な因果関係にある損害である。
四よつて、原告等は被告に対し次のように請求する。
(一)原告高輝は、前項(一)の損害額金六八六、二六一円と、同項(四)中同人負担の弁護士費用金一〇、八〇〇円の合計金七九四、二六一円および、このうち慰藉料金六〇〇、〇〇〇円に対し本件事故の翌日である昭和四二年九月三〇日から、残額に対し本訴状送達の翌日たる昭和四三年一〇月二三日から各支払ずみに至るまで各民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払。
(二)原告光は、前項(二)の損害額金二〇七、〇〇〇円と同項(四)中同人負担の弁護士費用金三二、〇〇〇円の合計金二三九、〇〇〇円並びにこのうち慰藉料金一五〇、〇〇〇円に対し本件事故の翌日である昭和四二年九月三〇日から、および残額に対し本訴状送達の翌日たる昭和四三年一〇月二三日から各支払ずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払。
(三)原告幸子は、前項(三)の損害額金二二一、五〇〇円と同項(四)中同人負担の弁護士費用金三四、〇〇〇円の合計二五五、五〇〇円並びにこのうち慰藉料金一五〇、〇〇〇円に対し本件事故の翌日である昭和四二年九月三〇日から、および残額に対し本訴状送達の翌日たる昭和四三年一〇月二三日から各支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払。」
と陳述し、被告の主張に対し
「被告の原告藤森高輝ないし原告藤森幸子に過失があるとの事実を否認し、過失相殺の主張を争う。
一高輝の能力と横断の仕方
原告藤森高輝は、昭和三七年一月三日生れで、事故当時満五年八カ月の年令に達し、翌年四月には小学校入学の運びとなつていた。この年令に達すれば理解力は急速に発達するとともに、高度の抽象概念はともかく、危険に対する認識、その覚知、反応等社会生活に必要な基本的弁別能力、行動能力は、充分に有するに至ることは、経験則上明らかである。
右高輝は、幼稚園入園以来、毎日の往き帰りに母親である原告藤森幸子とともに、本交差点を通り、その都度幸子から交通事故の恐ろしさと、注意すべき事柄、特に横断方法を教えられ、事故当時においては、道路横断は左右を注意し、手を上げて速やかに行うべきことを充分に理解し、かつ既に条件づけられていたものである。そして現に、高輝は、本件事故直前幸子の手を離れたとは云え、教えられ、条件づけられていたとおり、左右の交通を確め、右手を高く上げ、普通の歩速で横断したものであることは明らかなところである。
二道路の具体的状況
本件道路は、幅員八米で車は上下線とも一列で進行していた(乙二号証添付交通事故現場見取図)。通常車両の幅員は軽自動車を除いても約一・五米からせいぜい二米(三・五屯積トラツクの荷台の幅でさえ一・九九米である)で、片側四米の本件道路では、なお二・五米乃至二米の余猶がある。本件道路は、内路交差点方面に向いやや右にカーブしているため対向車(馬場町方面に向う車)が中心線寄りに走行して来る可能性を考えると内路交差点方面へ向う車は、中心より、やや道路左端よりを走行したものと考えられるが、仮りに車線の全く中央を走行していたものとしても、その車両右端から道路中心線までは、なお一・二五米ないし一米の余猶があつたことが認められる。
高輝は危険を感じて大急ぎ戻る際ころび、道路中心線を腹の下にし、頭を後藤製作所側へ向けて倒れたところ、加害車両が始めそのまま進めば同人の首辺りを通過するものと認められたが事故直前のハンドル操作により同人の足を轢過したものである。従つて、もし運転者渡辺が充分前方に注意して進行していれば対向車の列の間から横断しかけた高輝を約一〇米手前で既に発見し得、ブレーキ操作は勿論のことハンドル操作によつても、本件事故発生を回避し得たことは容易に認めることができる。従つて、本件事故発生は専ら、右渡辺の前方注意義務違反に起因するものであると云わざるを得ない。
三以上のとおり本件事故は専ら渡辺の前方注意義務違反の結果適切な運転措置を講ずることができなかつたために生じた事故であり、あたかも歩行者の飛び出しによる事故であるがごとくに主張するのは当らない。高輝は充分左右に注意し、右手を高く上げて横断したもので(横断歩道上に内路方面に向う車両が停車していたため、これを横断することができず、止むを得ず通行可能な車間を通過したもので、横断歩道を通過しなかつた事実をもつて高輝の過失を云うことはできない。)高輝には過失はない。また、同人から手を離し一人先にやつた母親である原告幸子についても、近時の交通情勢に照し、その処置が妥当適切と云いがたいとしても、本件事故発生が高輝の飛び出しによる事故ではなく、専ら渡辺の前方注意義務違反による事故である事実に照し、本件事故発生原因として母親の過失を認めることは到底できないので、被告の過失相殺の主張は全く理由がない。
と反論した。
〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人及び同副代理人は、「原告等の請求を棄却する」。との判決を求め、答弁として、
「請求の原因一の中、原告高輝の傷害の部位、程度は不知であるが、その余の事実はこれを認める。
同二の中、被告が原告等主張の本件自動車の所有者でかつ運行供用者であつた事実は認める。
同三は、後記被告の主張二の点を除き、すべて争う。
同四は争う。」
と述べたほか、
一、原告等主張の程度の負傷で原告高輝の両親である原告光及び同幸子の固有の慰藉料を認めるべきではない。
二、本件では原告高輝の入院五五日(約二ケ月)、通院二二日(約一ケ月)で、しかも同人の負傷は完全に治癒し後遺症もないのであるから、同人に対する慰藉料額は約二五〇、〇〇〇円程度が適正である。
三、原告光訴求の託児料の損害と原告幸子訴求の付添婦料相当の損害とは理論的に重複するものであるから、仮りにこの点についての損害が認められるならば、そのうちのいずれかに制限されるべきである。又、付添看護婦の料金が一日金一、三〇〇円であつても、肉親が付添看護する場合は一日金七〇〇円乃至八〇〇円とみるのが一般である。
四、本件事故発生については、原告高輝及び同幸子にも過失があるから、その損害額を定めるについてはこれを斟酌されねばならない。即ち、原告高輝は交通量の極めて多く、激しい大通りで付近の横断歩道を渡らずこれから七米ほどはずれた地点を横断しようとして珠数つなぎの車両のかげから車道に飛び出し被告の車両にぶつかつてきたものであり、又母の原告幸子は同高輝の付添として幼稚園への途上にありながら、危険な本件現場の大通りを横断する前であるにかかわらず同人を独り歩きさせたという過失がある。したがつて、少くとも五割以上の過失相殺がさるべきである。」
と抗争した。
〔証拠関係略〕
理由
一、請求の原因一の中、「原告高輝の傷害の部位、程度を除くその余の事実」は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば「右傷害の部位、程度は左上腕骨々折及び両膝部擦過傷である。」ことが認められこの認定を左右するに足る証拠はない。
二、被告が本件自動車の所有者で自己のためにこれを運行の用に供している者であつた事実も当事者間に争いがなく、本件事故がその運行による人身事故であることは被告において明らかに争わず、かつ、弁論の全趣旨からも争つたものと認められないから自白したものとみなさるべく、従つて被告は、自動車損害賠償保障法第三条本文に則つて、本件事故に因り生じた損害を賠償する責に任じなければならない。
三、よつて、進んでその損害について案ずるに、
(一) 原告高輝の分 金四一八、五二一円(既に被告が同原告のため支払つた入院費等合計金一〇九、三〇二円を除く。)
(内訳)
(1) 理学療養費 金七、一四一円
同原告が身体的障害除去のため昭和四二年一一月二四日以降同年一二月二一日まで合計二四回に亘り恩賜財団済生会神奈川県病院で理学療法の処置を受け、その費用として支払つたもの〔証拠略〕。
(2) 入退院及び通院のタクシー代 金四五、一八〇円
受傷により歩行困難のため用いたタクシー代(〔証拠略〕)
(3) 薬、ガーゼ代及び栄養費 金一三、三八〇円
入院中購入した薬、ガーゼ代、栄養費の外同原告が幼児で身体的苦痛、環境の変化等により病院食を受けつけなかつたので体力消耗防止のため医師や看護婦のすすめに従い同人の好物であるすし、焼肉、果実、ジユース等を買い求め摂取した費用(〔証拠略〕)。
(4) 玩具、絵本代等 金二、八二〇円
同原告は幼児(昭和三七年一月三日生、当時五年八月余の幼稚園児)のため、肉体的苦痛と長期間の入院生活の苦痛をまぎらわすため、おもちや、絵本、画用紙、クレヨン、色鉛筆等を購入した代金(〔証拠略〕)
(5) 慰藉料 金三五〇、〇〇〇円
診療日数三月余(実日数七七日、内入院五五日、通院二二日)に亘つたこと及び本人が元通りに回復したこと(〔証拠略〕)、その他本件に顕われた諸般の事情を斟酌して原告高輝の蒙つた精神的苦痛の慰藉料は右金額を相当と判定する。
(二) 原告光の分 金五七、〇〇〇円
(内訳)
(1) 原告高輝の妹由理子の託児料 金五七、〇〇〇円
原告等方の当時の家族構成は、被害者原告高輝の外同人の父原告光、母原告幸子及び同人の妹由理子(昭和四〇年五月六日生、当時の年令二年四月余)の四人暮しであつたところ原告高輝の入院により母たる原告幸子は付添として病院に泊りこみ、父原告光は勤務先の日本鋼管株式会社に出勤し、幼少の由理子の世話を看る者が居なかつたのでやむなく昭和四二年九月三〇日から同年一一月二五日まで同女をその叔父(原告幸子の実弟)訴外白岩弘明宅に一日金一、〇〇〇円の費用で預けたが、その託児料五七日分であり(〔証拠略〕)、この託児料の必要性とその額の相当性は肯認しうる。
(2) 慰藉料
原告光は、自己の慰藉料として金一五〇、〇〇〇円を訴求しており、同人が愛児の受傷により多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことはこれを推認するに難くないが、しかし被害者の父母等近親者の固有の慰藉料請求権の発生原因は被害者が生命を害された場合(死亡事故)又は受傷にあつては、その部位、程度及び後遺症等にかんがみ、生命を害されたときにも比肩すべき精神上の苦痛を受けた場合にのみ限局さるべきであるとの見解を正当とするところ、本件受傷の部位、程度及びすでに原告高輝がとにかく本復しているという前認定の事実に徴すれば、本件にあつては、同原告の慰藉料が前示のとおり認められた以上、父たる原告光の民法第七百十一条による慰藉料を認めることができない。
(三) 原告幸子の分 金四四、五〇〇円
(内訳)
(1) 付添に因る損害 金四四、五〇〇円
同原告は前認定のごとく原告高輝入院中母親として泊り込みで付添看護をし、しかもそれは、完全看護制であつたが同人が幼児でもあり看護婦の手が廻らなかつたので、病院の要請に因つたものであることは原告藤森幸子本人尋問の結果によりこれを認められ、この認定を妨げる証拠はなく右付添料相当額は原告幸子が母であること等よりして通常の付添婦の料金より低額とすべく、これを一日金九〇〇円と算定し、五五日間合計金四四、五〇〇円の損害となる。被告は右付添看護料は前記託児料と論理的に矛盾する旨主張するが、原告幸子が一家の主婦として家事に従事しえなかつたことにかんがみれば、必ずしも然るものとは云えない。
(2) 慰藉料
原告幸子固有の慰藉料債権が発生しないことは、前記(二)の(2)に判示したところと同断である。
(四) 原告等三名の分(弁護士費用)
原告等は、本件訴訟を弁護士松石献治に委任し、同人にその手数料及び報酬として各訴額の八%、即ち原告高輝は金五四、〇〇〇円、同光は金一六、〇〇〇円、同幸子は金一七、〇〇〇円(いずれも一、〇〇〇円未満切捨)を支払うべき契約を締結し、その中原告高輝の分の内金一〇、〇〇〇円を委任と同時に支払いを了し、その余は判決言渡日に支払うことを約した事実は原告藤森光本人尋問の結果によりこれを認めることができる。
(五) したがつて、これを前記各原告の損害額に加算すると、結局原告高輝の損害額総計は金四七二、五二一円、同光のそれは金七三、〇〇〇円、同幸子のそれは金六一、五〇〇円となる。
四、次に、被告の過失相殺の主張について按ずるに、〔証拠略〕に徴すると「本件事故現場は、通称内路交差点から鶴見区馬場町方面に通ずる市街地の道路で、当時の状態は、歩車道の区別なく、その幅員は約8m、有効幅員は約6mで、アスフアルト舗装、やや曲り道で見透し良く、路面平垣、乾燥し(当時曇天)、最高制限速度は時速40kmであつて、その西方ごく近くに変形丁字型交差点があり同交差点の西側に接して右道路横断のための横断歩道がある。原告高輝は当時鶴見区所在の桜ケ丘幼稚園児(二年保育の二年生)として同幼稚園に通学していた者であつて、その通学の方法は登校については園児の母又はこれに準ずる者(以下母等という。)が園児に付添つて幼稚園まで送り届け下校については先生が最寄の一般のバス(同幼稚園にはスクールバスはない。)の停留所まで付添つてバスに乗車させ(園児の大部分がバス利用者であつたため)各園児の母等が自宅付近の所定のバス停留所まで出迎える定めとなつており、同幼稚園においては園児に対しいわゆる交通安全教育を施しており、又原告等の家庭でも子供らに対し交通には特に注意していたものであり、原告高輝は平常妹由理子を同伴する母(原告幸子)に付添われて前記横断歩道を渡つてその渡り切つた所の右側(東側)にあるバスの停留所に至つていたものであるが、当朝は家を出る際気候が少し涼しかつたので原告幸子はいやがる高輝を叱つて同人に毛糸のパンツをはかせたところ登校の途次本件事故現場の少し手前の橋の上で高輝が毛糸のパンツをどうしてもぬぐというので風邪を引くといけないからと叱つたがいやがるのでこれをぬがせた後高輝は一人で母や妹より先に立つてかけ出し、本件道路の鶴見区馬場町方面から内路交差点方面に向う車線に自動車が珠数つなぎになつて停止している状況下で平素渡る附近の前記横断歩道を渡ることなくこれから約23mないし24m東方の同横断歩道のある反対側から、母幸子の「私が行くまで待つてらつしやい。」との呼かけにもかかわらず、右連続停止中の自動車の間をすりぬけて道路中央線をこえて対向車線に入り、折柄右横断歩道を通過して時速約25kmないし30kmで走行してきた訴外渡辺治運転の本件自動車の前部右側フエンダーに接触して転倒し(同訴外人は同車の前方約2mの地点に原告高輝が連続停止中の対向車の間から出てきたのを認めたので、この接触は瞬間的のものであつた。)因つて前示のとおり受傷した。」事実を認めることができ、この認定に反する〔証拠略〕はいずれも措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして、右事実に徴すれば、被害者たる当時満五才余の原告高輝には責任弁識能力はなかつたとしても少くとも事理弁識能力はあつたものと認められ(この点は原告等の主張自体からも明らかである。)、同人及び同人の母原告幸子の行動(特に、高輝の妹由理子を同伴していたとはいえ、右認定の状況下で高輝をより強力に制止するに適切な措置をとらず単に後から声をかけて制止したのみで漫然行くに任せてしまつたこと)に過失があつたものと解せらるべく、この点についての被告の主張は正当であり、この過失の割合は85%とみられるから、前記各損害額に右比率を控除した15%を乗じたもの、即ち、原告高輝にあつては金七〇、八七八円、原告光にあつては金一〇、九五〇円、原告幸子にあつては金九、二二五円が本件事故に因る各損害額となる。
五、されば、被告は原告等に対して右各損害金及びこれに対する本件不法行為の日の翌日たること暦算上明らかな昭和四二年九月三〇日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があるところ、原告等は右損害中慰藉料以外については本件訴状送達の日の翌日たること一件記録上かつ暦算上明らかな昭和四三年一〇月二三日以降完済まで同率の遅延損害金を訴求しているからこの点はこれに従うべく、結局原告等の本件各請求は、右判示の限度においてのみこれを正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十三条第一項本文、第九十二条本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項、第四項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 若尾元)